「車は快適に移動できることにこそ面白さがあり、渋滞してまで乗る意味はない」。八月十八日付朝日新聞朝刊、「トヨタ『マイカー通勤自粛』」の見出しが目に飛び込んできた。トヨタ自動車が愛知県豊田市の本社と本社工場の従業員二万八千人にマイカー通勤自粛を呼びかけたそうである。冒頭の言葉はトヨタ自動車総務部長の発言である。なんとも明快で歯切れがいい。実際に最寄駅からシャトルバスを実験的に導入したところ、半年間で鉄道を利用する「公共交通派」が2千人増えたという。自動車メーカーとして一見矛盾する行動だが、トヨタでは、本社周辺で悪化する一方の渋滞の解消と環境対策を考えて今後も継続するという。そして行政も動き出した。近くを走る第三セクター鉄道は単線で一時間に三本の運行。「道路をいくら作っても渋滞は解消しない。トヨタの試みは面白い。国や愛知県に複線化を働きかけたい」と鈴木豊田市長は更なる「公共交通派」の倍増に意欲的だという。
先日、福田宇都宮市長とこの記事を話題にしていたところ、宇都宮市清原地区に立地する某有力メーカーも同じ考え方を持っているとの事だった。今後の更なる事業展開にあたっては、軌道系交通手段を利用できない土地には新たな設備投資はしない方針を打ち出すというのである。
実際に、環境に優しい生産方法を考える企業はたくさんあるが、社員や来訪者の使う車による環境負荷まで考える企業は少ない。しかしこれからは、実際の生産現場のみならずトータルとしての環境負荷を考えていかなければ、数十年先までの企業としての持続可能性を追及できないということであろう。トヨタや分野は違うが某メーカーは、いずれも世界経済の中での「勝ち組」と言われている。その企業が軌道系交通手段とモータリゼーションの共存を打ち出したということは、深読みをすれば、世界最先端の企業はすでに地球環境が待ったなしの状態にあることを知っているということなのかもしれない。
もちろん軌道系の交通手段がどこでも通用するわけではない。採算というものを考えれば一定の条件を備えた地域でなければならないことは当然である。
二万二四八二人、この数字は平成十四年四月現在の「芳賀・高」「芳賀」「清原」各工業団地に通勤する従業員総数である。さらに工業技術センター等を核とした清原テクノポリスセンター地区が徐々にその姿を明確に現しつつある。その他にも大学があり高校があり、本件を代表する野球やサッカーのスタジアムがある。加えて宇都宮駅東口から清原までのおおまかな線上には大規模な宅地開発が進行中であり国立大学もある。 過日、国土交通省の新交通システム担当者が、全国の超低床式(LRT)路面電車計画の中で、本県のこの地域が最も立地適性があるとの感想を漏らしたこともうなずけるのである。
広島市や熊本市ではすでに新交通システムが導入され、富山市では既存のJR線を路面電車化する計画であるとか。かつて路面電車はモータリゼーションの波の中で交通渋滞の原因とされ姿を消していった。しかし極端なモータリゼーション化がモータリゼーションの持つ利便性を犠牲にしてしまうという矛盾や、省エネ、バリアフリー、中心市街地の復活といった新たな価値観のなかで改めて注目されてきている。
こんなデータが発表されている。宇都宮市を中心とする新交通システムによって、たとえば二酸化炭素排出量は年間約五千一〇〇t(清原球場、二千四百個分)、窒素酸化物は年間約四十二t削減され、エネルギー消費では年間約六百十億kcal(約五千四百世帯分)の節約がなされるという。さらに栃木県警本部資料によれば、高齢者が第一当事者(加害者)となってしまった交通事故件数は、平成五年を一〇〇とすると平成十二年は百九十七と倍増している。
新交通システム導入については、栃木県当局と宇都宮市の間でその見解が分かれている。費用対効果を計る「物差し」の違いといっていい。単に建設費プラス運営経費対運賃収入という考えを県は持っておられるようだが、新たな価値を加味した二十一世紀の「物差し」を持って、判断していただきたいと思う。都市近郊に位置する高根沢町民の将来にかかわる問題であると同時に、将来のあるべきライフスタイルを提案していくことも首長の責務であると思うからである。
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こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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