全国町村会政務調査会
昨年6月から栃木県町村会長に就任しました。栃木県町村会の代表として47都道府県の代表が集まる全国町村会の会議にも参加しています。現在私は全国町村会政務調査会経済農林部会に所属し、学習と議論を重ねています。その中で、町民の皆さんにお知らせしなければと感じたことがいくつかありました。それらを報告したいと思います。
経済農林部会での議論は当然に農業問題です。その中で食料に対する日本と欧米諸国との考え方の違いは明らかです。食料輸出国であり日本に対して農産物の貿易自由化を突きつけているアメリカの例を見てみましょう。アメリカの穀物価格は市場で自由にしかも安く形成されています。ここまでは多くの日本国民が知っていることです。しかし一方で、農業生産者に対しては再生産が可能になるような水準の目標価格が設定されていて、低い市場価格との差額を国が直接補償する仕組みになっています。米や小麦、トウモロコシ、大豆、綿花などがこの仕組みの中で支援されています。つまり、余剰農産物がどれだけ出ようと、市場価格がどこまで下がろうと、生産者は政府の設定した目標価格を受け取れるのです。ですから生産者は国内需要に関係なくいくらでも作ります。その結果国内需要を上回る量が市場に出回り、価格はさらに下がり、余剰分は輸出に回されるのです。つまり、アメリカの農家は輸出競争力があるのではなく、国による価格の直接補償が十二分にあるために増産をし、安い価格で輸出できているのです。穀物価格が高騰する以前の西暦2000年のデータでは、アメリカの米、小麦、トウモロコシ生産者の農業所得に占める政府からの直接支払額は約五割を占めていました。現在の穀物価格高騰後のデータがありませんので正確な比較はできないのですが、日本の稲作農家に対する政府の支払い割合は2005年のデータで22.9%です。アメリカに比べて日本の農家が過保護であるとの批判は当てはまらないのです。
欧州連合(EU)諸国の農業所得に占める政府からの直接支払い割合はさらに高くなっています。例えば農業大国フランスは農業所得の約八割が政府からの直接支払いです。EUではありませんが山岳国で耕作条件の悪いスイスではほぼ100%、つまり政府からの直接支払いで農家の生活が成り立っています。
農産物の価格補償という仕組みをもとに国内で作るだけ作らせて、食料自給率を上げ、さらに安い余剰農産物を輸出することによって他国の農業に壊滅的打撃を与える。このまま世界の食料需給が逼迫し、価格が上昇し続ければ、アメリカは農家への直接補償費がゼロに近づくだけでなく、食料による世界戦略が完結するのです。
日本の米は、作らないことによって価格を維持する価格カルテルをとっています。作る意欲と能力のある農業者に作らせないために金を出しています。作らせないための複雑な補助の仕組みとそのために必要になる多くの役人。増える耕作放棄地。後継者不足。生産調整をしない農家が維持された高価格の恩恵を一番受けるという矛盾。多様な考え方があることを認めながらも現在の制度は根本から見直される時期に来ていると私は考えます。制度はシンプルが一番いいのだとも思います。
農業が衰退し食料を自給できなくなった国がたどる運命はどんなものか。世界的に食料がだぶついていて、自国にお金があるときには心配ないでしょう。しかしお金を出しても買えなくなった時にどうなるのか。こんな小話を思い出します。「砂漠を彷徨(さまよ)っていた大金持ちの男が、通りがかった旅人に、1億円出すから水を分けて欲しいと頼んだ。しかし旅人は、水をあなたに分けたら私が命を落とすことになると断った。男は大金を鞄に詰め込んだまま息絶えた。」日本の現状を見るとき、この小話は小話として笑って済ませられるとは思えないのです。
これまで農業者は農業者だけの利害で運動をし、経済界は工業製品の輸出こそが繁栄の源であるとの視点で農業不要論を展開してきました。しかし今や、同じ日本人が産業の違いで対立している場合ではないのです。このことは農業者と消費者でも同じです。
鈴木宣弘東京大学教授の文章に次のような一節がありました。「スイスでは、あるスーパーで国産卵一個約60円、輸入卵が約20円で売られている光景を目にした。見れば、ほとんどの人が割高な国産卵を買っていく。“なぜ高いほうを買うの”と客に尋ねると、“これを買うことで農家の生活が支えられ、それで私たちの生活が支えられる”と言う。ちなみに客とは小学生である。」
字数がなくなりました。最後に、ブッシュ大統領がアメリカの農業関係者向けに行う演説においてしばしば用いる一説を記して終わりにしたいと思います。
「食料を自給できない国、それは国際的圧力と危険にさらされている国です」。
※全国町村会政務調査会における私の議論は、鈴木宣弘東京大学教授の論文を参考に行いました。
■こちらのコラムに関して
こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載はご遠慮下さい。
高根沢町 公式ホームページはこちら