キリンビール、突然の撤退通告
十月二十六日午後一時四十分、キリンビール栃木工場から電話がはいりました。用件は「副社長が午後三時十五分に町長とお会いしたい」とのことでした。突然の連絡であり、しかもこちらの都合を確認しない中での時間指定。尋常ならざるものを感じました。
実は私自身には、キリンビールがサントリーとの経営統合を発表したときに抱いた危機感がありました。サントリーの工場立地を見てみると、群馬県館林市の隣の千代田町にサントリーグループ国内最大級のビール生産拠点の工場がありました。両社の経営統合はまだ正式には決定していませんが、将来正式に決定したときには当然に生産設備の合理化が行われるだろう。その時に栃木工場は果たしてどうなるのだろうか。地図で確認すると、千代田町のサントリー工場は東北自動車道館林インターに近く、しかも将来全線開通する北関東横断道にも近いのでした。いわば東西・南北両方の幹線道路の要衝に立地していたのです。地の利では明らかに栃木工場の分が悪い。しかし栃木工場は、多品種の商品を生産できる数少ない多機能工場という特性を持っています。今年四月のキリンビール栃木工場操業三十周年式典でも、工場長がそれらの特性を強調しながら将来の展望を話されていました。その辺がどう評価されるのか。いずれにしても、高根沢町がキリンビールに対して何ができるのかを考え、一つ一つ行動を積み重ねていくしか方法はない、そのように心に決めていたのです。十月十六日に行われたキリンビール栃木工場幹部と地元花岡・西高谷の方々との年に一度の恒例行事である懇談会の冒頭挨拶において、私は以上のようなことを初めて言葉にしました。経営統合決定前の工場再編はないであろう。勝負はこれからだと考えていたからです。
十月二十六日午後三時十分、予定より五分早く副社長と工場長が来訪されました。副社長は恐縮しながらも端的に「来年の最盛期終了とともに操業を停止いたします」と話され、その理由としては「少子化による市場規模の縮小で生産設備に余剰がある」こと、「外国メーカーに比べて利益率が半分という状況で、国際競争力の向上のためにコスト削減は避けられない」「連絡が突然になってしまったのはインサイダー取引の恐れがあるからでご理解願いたい」とのことでした。少量多品種多機能という栃木工場の特性は、他の工場と比べればコスト高が避けられず、そのことがマイナス評価になったのかもしれません。突きつけられた工場撤退という現実になかなか言葉が出てきませんでしたが、次のようなやり取りをしました。「サントリーとの経営統合による工場再編の一環ですか?」「経営統合とは関係ありません」「撤退後の跡地利用はどのように考えておられますか?」「まだまったくの未定ですが、キリングループとしての利用予定はありません」最後に、私から、撤退に伴う諸々の影響に最大限の配慮をしてくださるようお願いした後、お二人は県庁に向かわれました。
「突然の連絡に驚いています。少子化による市場の縮小と国際競争力の強化が要因とのことでした。本当に残念でなりませんが、下を向いていても何も始まりません。関係機関と相談し、町にとっての最善の方法を見い出すべく全力で取り組んでまいります」これはマスコミに発表したコメントです。庁内での対策会議の後、福田知事と携帯電話で連絡を取り、県庁に向かいました。知事は公務で外出中でしたが、麻生副知事と今後についての協議をし、雇用、関連・取引先企業、ビール麦農家、撤退後の土地の問題等について今後の栃木県当局の協力を約束して帰庁しました。
今後、農協、商工会、地元の皆様等とも連携をしなければなりません。撤退後の土地については、持ち主はキリンビールですので町の思い通りにはなりませんが、三十年前に先祖伝来の土地を提供してくださった地元の皆様の思いと町の考え方を、最大限に尊重してくださるように働きかけなければならないと考えています。
経済界の熾烈な競争と厳しい現実をあらためて思い知らされましたが、天は乗り越えられない試練を与えません。「ピンチをチャンスに!」カラ元気と笑われるかもしれませんが、町民の皆様にはご理解とご協力をお願い申し上げます。
■こちらのコラムに関して
こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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