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この国を滅ぼしたくない

かつのりコラム

高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

技術革新で中山間地域を再生 夢の素材「セルロースナノファイバー」
2014.10.27

日本には資源も知恵もある

 かつて、中山間地域を抱える町村は、木材をはじめとする山の恵みが財貨を稼ぎ、地元の集落のみならず町場の面倒までみていました。

 その後、経済のグローバル化とエネルギー革命によって、図らずも「扶養していた立場から扶養される立場」へと逆転、転落します。産業・経済・エネルギー構造の変化という如何ともし難い現実を突き付けられた訳です。

皮肉にも技術革新により、このような状況に陥りましたが、今、再び、新たな技術革新によって中山間地域を再生しようとする動きがあります。

 そのひとつの事例が「セルロースナノファイバー」です。鋼鉄の5分の1の軽さ、5倍以上の強度を持っており、世界中で注目されている木材由来の高性能ナノ繊維です。実用化が果たされれば、世界の素材産業の地図を塗り替えるとも言われており、正に「夢の素材」と言っても過言ではありません。

 従来、石油製品の加工については、原料である石油輸送の都合上、沿岸部に限られてきましたが、木材が原料の「セルロースナノファイバー」の加工は中山間地域、つまり、山の懐で行われる訳です。

 今後、我が国に新たな高度バイオマス産業を創出し、低炭素・循環型社会の構築に寄与する「セルロースナノファイバー」には、無限の可能性が秘められています。

さらに加えて、CLT(直交集成板)の技術や、木くずを原料とするバイオマス発電を組み合わせることで、中山間地をいま一度、稼げる地域にすることができると思います。

 最早、「経済特区」などという小手先の対応ではなく、技術革新によって産業構造を変えていくことが、都市と地方の格差を根本的に解決する方法だと確信しています。

以下、「セルロースナノファイバー」についての現状と課題を説明致します。

 

■「セルロースナノファイバー」とは?

 「セルロースナノファイバー」とは、木材パルプ等の植物繊維を化学的、機械的に処理して、ナノメートル(10億分の1メートル)レベルまで細かく解きほぐした繊維状物質です。軽くて強い、熱による変形が小さい(ガラスの50分の1程度)等の産業的に重要な物理特性を持つため、工業用原料として利用するための研究開発が進められています。

 また、樹脂に混ぜることで強度や弾性率等を向上させることが可能となっており、こうした強化樹脂を、自動車部品、家電用筐体、住宅建材等へ利用することが検討されています。

 特に自動車では、強化樹脂を用いることで、車体に用いる樹脂の量が減らせるため、車体の軽量化と燃費効率の向上が期待できます。

 更には、アクリル樹脂等の透明樹脂を、その透明性を大きく損なうことなく補強できるという特性を活かし、「セルロースナノファイバー」を用いた透明シートが開発されています。軽量で紙のように折り畳めるため、携帯電話等のディスプレイや、太陽電池の基盤等への利用が検討されています。

 

■「セルロースナノファイバー」への期待

 炭素繊維やアラミド繊維など、繊維系新素材には様々な種類がありますが、その中でも、特に「セルロースナノファイバー」が優れている点としては、

①  植物由来であるため環境負荷が少なく持続可能な資源である。

②  豊富な森林資源が原料のため資源量が膨大である。

③  原料となる木材パルプが安価で安定的に入手できる等、価格競争

力に優れている。

といったことが挙げられます。

 特に、優れた価格競争力を最終製品にまで維持する技術が達成されれば、「セルロースナノファイバー」は、我が国における川上から川下までの幅広い産業(製紙、化学、自動車等)に関わる材料となりえます。

 更には、「セルロースナノファイバー」を利用した高機能材料を、我が国が独自に開発した新たな輸出品として世界進出させていくことも夢ではありません。

 

 ■実用化に向けた取組み

 「セルロースナノファイバー」の研究開発は2千年代から本格化し、国内では製紙メーカーや大学が実用化に取り組んでいます。

 世界的な開発動向については、我が国が世界をリードしていましたが、近年では研究開発及び事業化の体制を整備した北欧、アメリカ、カナダ等の追い上げが顕著です。用途開発については日本が先行しているものの、実証プラントの整備については海外勢にリードを許しているという状況です。

 経済産業省は2014年3月に発表した報告書で、「セルロースナノファイバー」の実用化に向けた下記ロードマップを発表しました。

①  現在、検討されている第1世代の「セルロースナノファイバー」に

ついては、2020年頃までに実証実験を終了し、2025年以降の普及・拡大を目指す。

②  次世代の「セルロースナノファイバー」については、2025年には

実証試験を終了し、2030年頃に普及・拡大を目指す

としています。

 また、2030年までに1兆円規模の関連材料の新市場を創造するという意欲的な目標を設定しています。

 2014年6月には、「セルロースナノファイバー」の研究開発、事業化、標準化を加速するため、産学による連携・情報共有の場として、経済産業省が所轄の産業技術研究所を受け皿に、コンソーシアム「ナノセルロースフォーラム」を設置しました。

 更には、2014年6月に閣議決定された『「日本再興戦略」改訂2014』に、林業の成長産業化のための施策として、「セルロースナノファイバーの研究開発等の推進」が盛り込まれたのは記憶に新しいところです。これを受けて同年8月、農林水産省、経済産業省、環境省等が連携して政策を推進するため、「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議」が創設されています。

 

■今後の課題

①製造方法・実用化の課題

用途に合わせた高性能でコストの安い製造方法の開発が望まれています。具体的には、成分分離技術(木材から有効成分を効率的に分離する技術)、解繊技術(低エネルギー、高効率で、ナノ繊維が損傷しないように繊維を細かくほぐす技術)、複合化技術(樹脂等の中に均一に「セルロースナノファイバー」を分散するための技術)等の開発が必要です。

 実用化に当たっては、「セルロースナノファイバー」の特徴をいかした、他の材料では代替できない用途を開発していくことが求められます。そのためには、製品化を行う川下企業(化学、自動車、電機、住宅等)との連携が必要不可欠です。

 ②  安全性・標準化への対応

また、共通基盤技術として、計測・評価技術(幅分布、長さ分布、純度、機能評価等)や、安全性評価、標準化を検討する必要があります。安全性評価については、ナノリスク(ナノ物質の有害性)を国の支援で明らかにすることが重要です。国際標準化は欧米が先行していますが、その取組みをキャッチアップすると共に、国内企業の国際競争力強化のための標準化戦略の構築が求められています。

 

【参考資料】

 

①株式会社三菱化学テクノリサーチ「平成25年度製造基盤技術実態等調査(製紙産業の将来展望と課題に関する調査)報告書」2014.3.21,pp.60-76

②「セルロースナノファイバーとは」(京都大学生存圏研究所生物機能材料分野ウェブサイト)

③矢野浩之「セルロースナノファイバー日本には資源も知恵もあるー」『プラスチックスエージ』59(10),2013.10,pp.82-87.

④「車用樹脂、強度3~4倍に 京大・三菱化学・王子製紙など 車体軽量化に期待」『日経産業新聞』2012.9.13.

⑤「深層断面/セルロースナノファイバー「ポスト炭素繊維」実用化へ急ピッチ」『日刊工業新聞』2014.2.28.

⑥「木材由来のナノファイバー、30年までに1兆円市場創生ー経産省が工程表」『日刊工業新聞』2014.5.6.

⑦「ナノセルロースフォーラム」(独立行政法人産業技術総合研究所ウェブサイト)

⑧「「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-」2014.6.24,p.114.(首相官邸ウェブサイト)

⑨「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議の創設について」2014.8.4.(独立行政法人産業技術総合研究所ウェブサイト)

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